第31回少年の主張 福島県大会 優良賞
「祖父と共に夢へ向かって歩く」
会津若松市立第二中学校三年 横山 麻衣子
どんなに科学や医学が進歩しても、決して避けられないもの、それは「死。」この世に生きるものは全て、いつかは死を迎える。もちろん人間も例外ではありません。そう頭では分かっていても、誰が明日死ぬことを想像するでしょう。特に平和な国に生まれ育った私達は…。私は、人の死に直接向き合ったことのない人間でした。ドラマや映画で幾度となく見た死を、死の現実だと思っていました。
私には自慢の祖父がいます。頭がよくて、色々な事を教えてくれます。その祖父が一昨年病気になりました。初めは心配しましたが、母が大丈夫と言ったので、私はあまり気にしませんでした。しかし、その時もう祖父は癌という病に冒されていたのです。私がその事を知ったのは、ほどなくして祖父が倒れた時のことでした。大人は心配ないよと言ったけど、癌で大丈夫なわけがない!私はパニックに陥り、状況を理解したくなくて泣きました。もう祖父に会えないかも…そんな気持ちで胸がいっぱいになり、今すぐ東京の祖父に会いに行きたいと心から思いました。
正月は、祖父母といとこと皆で過ごしました。元気な顔で迎えてくれたものの、癌に侵された祖父の手は、曲がったまま動きません。癌の進行は私が予想する以上に速く、それを止めることができないもどかしさでいっぱいでした。そして去年の中体連県大会の日、祖父危篤の知らせが届き、競技が終わるとすぐに祖父の元に直行しました。病室に入って目にしたのは、冬に会った時とはあまりにも違う祖父の姿。体は小さくなり、酸素吸入器をつけて一回一回呼吸をしています。私は涙が止まらなくなりました。それでも涙をこらえ、ずっと応援してくれていた祖父に、大会の報告をしました。祖父は私の目をしっかり見て話を聞き、自分がしゃべれない代わりに何度も何度も頷いてくれました。明日にでも祖父の命が尽きれば、会えるのは今日が最後になるかもしれない。だから、泣くんじゃなくて笑顔でさよならしたかった。「また来るね」と祖父の手をしっかりと握ったとき、笑顔とは裏腹に胸は張り裂けそうでした。祖父が帰らぬ人となったのは、その数日後のことです。冷たい祖父の顔を触り「おじいちゃん」と声をかけても返事はありません。初めて人の死に向き合った瞬間、ドラマや映画で見るのとは違う本当の悲しみを知りました。死とは何なのかなんて分からない。だけど、心が空っぽになったようなこの深い悲しみは、紛れもなく祖父の死から来たもの。その空っぽになった心の中を、たくさんの思い出と共に祖父の笑顔が駆け抜けていきます。「本当にありがとう。おじいちゃんのこと大好きだったよ。」そう何度も何度も心の中でつぶやき、祖父の顔をしっかりと目に焼きつけました。祖父は焼かれ骨になりました。もう、話すことも声を聞くことも姿を見ることもできない。祖父は死んだのです。人のもろさを心と体で感じました。自分が死ぬわけではないのに、大切な人を失うというこの恐ろしさは言いようがありません。私だって、いつ死ぬかわからない。そう考えると今生きていることは奇跡です。未だに色々なことを考えます。今を精一杯生きることの大切さ、生きていることの幸せ、人の死が遺族に残す思い…。
祖父の死から一年、私も三年生になり自分の進路を考える年となりました。私は前から看護師になろうと考えていましたが、それは、母と同じその職業に憧れを抱いている程度でした。だけど今は違います。私は絶対看護師になる!癌という祖父の病気を治すのは難しかった。でも、祖父の心を癒すことはできたはず。祖父の死を通して、こんなにも苦しい病気があることや、その患者をサポートすることがどれ程大切かを知った。だから私は、誰の力にでもなれる強くて優しい看護師になりたい!祖父は私の後ろにいつもついていて、私の夢をずっと応援してくれている。祖父の応援を受けて、私は夢へ歩き出した。









