青少年育成県民会議 事業案内

第31回少年の主張 福島県大会 優良賞


家族の絆


南会津町立荒海中学校三年 馬場 美月


「ただいま。」
そう言っても返ってくるのは祖父母の声。そして妹の声。両親の声はありません。父母からの「おかえり」はいつも電話の向こう側。ものごころがついたころからこの状態でした。

私の両親は地元で居酒屋を営んでいます。お昼ごろから仕込みに入り、夕方からの開店に備えなければなりません。帰りは片付けもあり、我が家につくのは夜中の十二時近くになります。だから「おかえり」という言葉は、私が口にする言葉であり父母から言われたことは年に数回しかないのです。小さい頃は、家に帰って親がいる友達がうらやましくてたまりませんでした。中学一年になると、部活もあり、帰りも七時を過ぎます。自宅が学校から離れている人は車でお母さんが迎えに来てくれます。そんな様子を横目で見ている私がいました。「みんなの家みたいに家にいてよ。」、「迎えに来てよ。」とのどまで声が出かかった時もあります。でもそれを声にしなかったのは、私のためにがんばる父母の姿を、ずっと見てきたからだと思います。寝る時間が何時になろうとも、母は私のために毎朝お弁当を作ってくれました。一日も欠かさず、冷凍食品など手抜きをしたこともありません。父は、部活の練習試合や大会の送迎も協力してくれます。どんなに疲れていてもそれを顔に出さず、会場まで送ってくれました。私はどうしても解決できない悩みがあったときだけ、お店に電話をします。声を聞くだけでほっとするからです。父や母もそんな時は聞き役に徹してくれました。長い時間は話せなくともかまいません、受話器でつながっていると感じただけで穏やかな気持ちになれたのです。

そんな私も今年で十五才。親の苦労が理解できる年になりました。父は新聞配達の仕事も増やしました。たぶんこれからの私たちにお金がかかるからだと思います。私は本を読むのが大好きです。こうやって好きな本を読めるのも父と母のおかげだと思っています。幼い頃のうらやましいという気持ちはいつしか消え去り、今では父と母の支えになりたいと思えるようになりました。

最近、家族の絆が希薄になっているニュースを耳にします。親が子を、子が親を傷つける、そんなことは悲しすぎます。どうして親がいるのか、子どもがいるのか、自分がいるのかを考えてほしいと思います。そしてお互いのことを考える時間を大切にしてほしいのです。私が父と母と生活する時間は確かに短いと思います。でもその分、お互いを思いやる時間は負けていません。

七月に卓球の大会がありました。それを前に突然父が思わぬ言葉を口にしたのです。

「最後の大会、見に行くからな。」
ずっと私が待っていた言葉でした。父が来る。父が見に来てくれる。驚きと喜びとプレッシャーといろいろなものが入り混じって、変な気持ちでした。大会当日。父がギャラリーから見ている。そう思うだけで心強かったです。その力に支えられて、勝てるとは思わなかった選手に逆転勝ちすることができたのです。「家族がそばにいるだけで大きな力になる。」私は、その時それを実感しました。
「かっこよかったぞ。」
「うまかった。」
帰って来てから、母に自慢気に話す父を見ながら私は恥ずかしい半分、とても嬉しかったです。

私は父と母の子でよかったと自信を持って言えます。そしてそう言える私はとても幸せだと思えるのです。