第31回少年の主張 福島県大会 優良賞
手紙がくれた勇気
河東中学校 三年 渡邉 桃子
封筒を開け、色とりどりの手紙を読み始めた。言葉を選びに選んで懸命に書いた跡が見られた。「手作りのケーキどうもありがとう。」「おいしかったよ。」「待ってるよ。」涙が次々と溢れてきた。にじむ文字。もう目の前は見えなくなっていた。
二年生の夏休みが終わったころ、私の足は学校へ向かなくなった。いじめがあったわけではない。これといって大きな問題が起きたのでもなかった。敢えて言うならば、友達との距離の取り方に戸惑っていた。これまで、全速力で回転を続けていた歯車が、突然、ピタリと回転を止めてしまった。そんな感じだった。
学校から足が遠のいてからの私は、家で皆と違う時間を過ごすことになった。初めは、嫌になった学校へ行かなくて良い開放感だけだった。気持ちが楽になった。ただ、心残りが一つだけあった。それは、部活。私はソフトテニス部の部長だったのだ。「部長の私が休んでいたら、部はどうなるのだろう。」「みんなに迷惑がかかっている。新人戦に向けてがんばらなければならない時なのに…」頭では、よく分かっていた。でも、心が、体が、動かなかった。
ある日、私が休んでいる間、部をまとめている副部長に連絡した。どうしても伝えたい言葉、伝えなければならない言葉があった。
「ごめんね。」
「副部長なんだから当たり前でしょ。それより桃子は大丈夫?」
私を責める言葉は全くなかった。この言葉を聞いた瞬間、私はみんなに嘘をついているような気持ちになった。重い病気でもないのに学校を休んでいる。それを心配してくれる友達。「私、何やってんだろ…」
それからは自己嫌悪の日々だった。友達への罪悪感。そして、その罪悪感さえも、本来の自分の気持ちではないのではないか、という思い。様々な気持ちが頭の中で交差する。心が、体が、学校から遠のく日々は続いた。
二学期の修業式間近、クラスメイトからのお礼の手紙が渡された。私の趣味はお菓子作りだ。クリスマスの時期に合わせて、クラスのみんなに手作りのケーキをプレゼントした。そのお礼の手紙だった。ずっと学校を休んでいる私に、どんな言葉をかければよいのか、どんな言葉なら相手を傷つけないのか。二十四通の手紙には、クラスメイトの心の揺れが表れていた。ある人はユーモアで、ある人は優しさで、それぞれの気遣いを言葉にのせて表してくれていた。涙が次々に頬を伝った。私の心の中にあった大きな塊。固い固い塊が、少しずつ解けていくような気がした。
勇気を出して久しぶりに足を運んだ学校。迎えてくれた友達の笑顔に、心の中の大きな不安はいつの間にか消え去っていた。友の言葉。友の存在。そのかけがえのなさに気づいた。
今は、学校を休んだことを後悔している。だが、それは、私にとって必要な時間だったのかもしれない。「友達」のありがたさや存在の大きさに気づくために。あの時の私は、自分のことしか考えていなかった。自分のこと以上に心配してくれる、励ましてくれる友達を私は、心から尊敬している。友達がいなかったら、今の私はないと思う。友達に、大切なことを教えてもらった。それは「寄り添うこと。」苦しんでいる人がいたならば、寄り添って、苦しみを共に感じられるようになりたい。私が友達にしてもらったように。それが、苦しい時に、何よりの大きな心の支えとなったのだから。









