青少年育成県民会議 事業案内

第31回少年の主張 福島県大会 優良賞


両親へ


矢吹町立矢吹中三年 仁藤 裕也


僕は小さい頃から絵を描くのが大好きでした。絵を描く仕事に就くことは、僕の小学校からの夢でした。しかしそのことを両親に話すと、きまって反対され、説得されてしまいます。

「そんな夢みたいな仕事させるわけにいかないわよ。食べていけると思ってるの。」

「僕だってちゃんと考えた上で言ってるんだ。やってみなきゃわからないだろ。」

「あんたが親だったら黙って聞けるの。あとで後悔したらどうするの。成績が悪いわけじゃないんだし、もっと安定した職業に就いたら。」

「将来どうなるかなんて、まだわからないだろう。」

心配して言ってくれているのはよくわかります。母を悲しませるのもつらいです。でも僕にとってはあきらめられない夢です。頭ごなしに反対されると、つい言い返してしまいます。どっちも引かずにいると、父が母に助け船を出します。

「金を出すのはこっちだぞ。説得したければ納得のいく答えを持ってこい。」

そう言われると何も言えません。養ってもらっているのも学費を出してもらうのも事実です。はじめからだめだと言っている相手に説明するのも面倒くさいという気持ちになって黙ってしまいます。

いつもこの繰り返しです。思ったことを言うと「生意気」「反抗的」ととられてしまうので、僕も感情的になって、つい「そっちだって大人のくせに子供相手に感情むき出しにして大人げない。」などと腹立たしくなってしまいます。僕は最近、このことが頭から離れずすっきりしません。冷静になって考えてみようと思います。

なぜ両親は僕の望む進路に反対するのか。それはきっと親心からです。僕に苦労をさせたくない、後悔させたくないのだと思います。しかし今の僕には、将来の自分が、親の言うことを聞かないで後悔するのか、自分の思いを通さずに後悔するのか、どちらになるのか全く判断できないのです。だったら、たった一度の人生、やりたいと思うことに挑戦してみたいです。調べてみましたが、絵に関わる仕事といってもさまざまだし、そこにたどり着くまでの進路もさまざまあります。その道で食べていけるのかと言われれば、何の保証もありませんが、終身雇用が当たり前でなくなったこの時代、それはどの職業も同じだと思うのです。

秋葉原の無差別殺人事件の際、いい歳をした犯人が「俺がこうなったのは親のせいだ」と言っていたことが印象に残っています。僕は自分の人生が思い通りにならないことを親のせいにするような大人にはなりたくないのです。親があのときやらせてくれていたらどうなっていただろうなんて、過去を振り返りながら人生を送りたくありません。本当にやってみなければどうなるかわからないし、だめだと思ったらやり直しもできると思うのです。

お父さん、お母さん。いつも中途半端で伝えられない気持ちを今日はきちんと伝えます。

何不自由なく育ててくれて感謝しています。リストラの嵐が吹くこの時代、進学をあきらめざるをえない人がたくさんいる中で、僕は十分恵まれているとわかっています。だから反抗したかったわけじゃありません。一緒に考えてほしかっただけです。僕一人で決めれることじゃないから、はなからバッサリ切らないで、もう少し話し合いの形がとりたいです。お父さんとお母さんに迷惑はかけないなんて約束はとてもできないけれど、二人が一生懸命生きているのを毎日みているから、どんな進路をとっても、僕も一生懸命がんばれると思う。だから、つたないかもしれないけれど、これからも温かく見守ってください。